2016年7月23日土曜日

「チーム」

我々は「チーム」ではなく個の集団です。


-----

「チーム」には役割や決定者、平等な情報共有、そのためのツールや会など幾つかの要素が必要です。

が、我々にはそれらはありません。

だけど個の集まりのメリットもたくさんあります。ありました。

ルールに厳しくは縛られないし、自分の都合いい時に都合よく集まって都合よく楽しめる。

昔はそのメリットが全面に出ていた。

ノリと雰囲気も良かったので情報もみんなに行き渡り個人が居心地よくこの集団を使えていた。


ただ経年すると個々人の思いが色々と出て、その結果、情報や行動がバラけてきました。

それは人間社会レベルで当然のことで何も問題はない。

けど、そんな中たまに「チーム」としての共有がされる。

事後というかもう決定事項だと、

「ん?」「え?」となります。

正直なところ気分が悪くもなりました。。

なぜなら情報共有が平等ではないから。

「チーム」なら共有は平等であるべきで、その先で個人の選択があり、そしてチームの決定となるべき。


でも、共有した側の「収まりの悪さ」もよくわかります。

「チーム」を気にしてみんなに伝えておこう。

それ自体、その個人自体には嫌な気持ちも何もありません。

単に「ああ、みんな何かしんどいね」という気持ち。



かなり前からそれを感じていました。

なので自分は「個人の集まりなんだ」と意識を強くすることで全体に対する気分の悪さ、違和感を無くすようにしてました。

が、たまに「チーム」の話になるとやっぱり違和感になってしまう。



初心に返り、個人の集まりのメリットの享受だけにしましょう。

都合いい時に都合いい人と都合いいことをする。

今の中途半端な形だと全員が居心地の悪さや違和感を感じてしまっていると思う。




「チーム」をちゃんと作ることも選択肢でしょう。

昔「チーム」の形をなす為のことを自分はやろうとしました。

が、NGでした。

この中だとその役目は自分じゃないです。

なので「チーム」ではなく。

趣味だしせっかく集まった仲間なんだから居心地よくやるでいいでしょう。

初心の個の集団のメリットを。

同じジャージを着た個の集団で。


眺めるエアポート


via IFTTT